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2009年2月

2009年2月27日 (金)

善友 友人・仕事

善友シリーズのピックアップandまとめは今日で最後です。

友人へ

  • 与えること
  • 優しい言葉で話すこと
  • 役に立つこと
  • 自分と等しく思うこと
  • 約束を守ること

雇っている人へ

  • 能力に相応しい仕事を頼むこと
  • 生活できるくらいの給料をあげること
  • 病時に看病すること
  • ごちそうすること
  • 適当なときに休息させること

雇われている人へ

  • 朝早く起きること(遅刻しないこと)
  • 上司より後に帰ること
  • 盗みをしないこと
  • 上手に仕事をこなすこと
  • 名誉と賞賛を吹聴すること

これまで、善友との付き合い方をピックアップしてきましたが、どれも当たり前と思われるようなことでした。
ですが、きちんと出来ているかといいますと、そうでもないところもあるのです。
当たり前すぎて見逃しているのかも知れませんね。
今まで、このように出来なかった部分も多々あるとは思いますが、これからは気をつけながら出来るようにしていきたいと思いますのでよろしくお願いします。

善友へ感謝です。

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2009年2月26日 (木)

善友 夫婦

一番長く一緒にいるということから、夫婦という人間関係は一番大切なのではないでしょうか。
むずかしいことは続かないものですが、この夫婦円満の秘訣なら続きそうです。

夫から奥さんへ

  • 奥さんを褒めること
  • 奥さんを軽蔑しないこと
  • 奥さんを裏切らないこと、不倫しないこと
  • 家の権利を任せること
  • 奥さんがおしゃれもできるように、服や装飾品などを与えてあげること

奥さんから夫へ

  • 仕事をよく処理する
  • 両家の家族を大切にする
  • 不倫しないこと
  • 家の財を守ること
  • 勤勉になすべきことを上手にこなすこと

こういった簡単で当たり前のようなことが出来ないとだめなんですね。

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2009年2月25日 (水)

善友 師弟

弟子から師へ

  • 先生が来たら起立する
  • 先生に協力する
  • 熱心に耳を傾ける
  • お供をする
  • まじめによく勉強する

師から弟子へ

  • 正しくしつける
  • 教えが身に付くようにする
  • 最ごまで教える
  • 友人朋輩に弟子のことを吹聴
  • 弟子を庇護する

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2009年2月24日 (火)

親と善友

善友って滅多に出来ないもので、一人でもいれば幸せなようです。
二、三人もいれば最高に幸せなようです。

だからといって、周りにいないわけではないのです。

自分のことを心配してくれる親は善友なのです。

<子が親になすべきこと>

  • 親を養うこと
  • 親の義務や責務を代わりに果たしてあげること
  • 家の格を守ること
  • 家の資産を護る
  • 両親がなくなったら、ちゃんと供養すること

当たり前のことのようですが、このことを守っていれば、親孝行になるのです。

<親が子になすべきこと>

  • 悪いことを止めさせること
  • 良いことをさせること
  • 教育を受けさせること
  • 適齢期になったら結婚させること
  • 子供が結婚したら、財産の管理を任せてあげること

こちらも当たり前のことのようですが、なかなか出来ないようです。
現代の親は倫理観がムチャクチャで、何が良いことか悪いことか分かっていないのです。見栄を張るのが良いことだ、威張るのは良いことだと思って、そういうことを子供に教える親もいるのです。

ですので、親も勉強して善悪を知ることが必要となるのです。

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2009年2月22日 (日)

ロードの記録 2・22

今週は100km走りました。

20090222

金曜日は雨なので車で行ったのですが、それ以外は自転車で行ったので先週は抜けました。
ですが、よく考えたら月曜日が休みだったので、3回しか乗ってないんですね・・・

20090222b

 

どうやら木曜日のデータ取るの失敗したようです、
平均速度が・・・
平均心拍数はだいぶ上がっているので、来週はリカバリーライドを増やしたいと思います。

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2009年2月20日 (金)

モチベーション そして犠牲

最初は、モチベーションを高めるためにその方法について調べていました。

モチベーションを高める。すなわち輝いている人になりたい。
心の中からパワーがみなぎっている人、そんな人になりたい。

そんなことを調べていたのです。

で、気づいたことがありました。
モチベーションとはまったく別のことです。

まあでも折角ですから、モチベーションについても書きたいと思います。
ちょっと長くなりますが・・・

まず、モチベーションについて調べたところライフハック的なところではこんな内容の記事が見つかりました。

元ネタ
http://zenhabits.net/2007/02/top-20-motivation-hacks-overview/
参考記事
http://d.hatena.ne.jp/bambix/20070514/1179153919

 

  • 目標の写真やイラストを見えるところに貼る
  • 常に前向きに!ネガティブ思考は厳禁
  • 目的を目指す理由をしっかり持って、それを書き出す
       
  • 日々インスピレーションを受ける
  • 毎日15分は目的のヴィジュアルを思い浮かべよう
  • 進行を振り替えれるよう毎日日記をつける
  • 時には自分へのご褒美も
  • 忍耐強く、時間をかける
  • みんなに公約する
  • 進行状況を表にする
  • スロースタートで
  • 同類をネットのコミュニティで探す
  • 共に同じ目標を目指す仲間を見つける
  • 先延ばしせず今すぐ始める
  • ゴールまでの過程を楽しむ
  • 若干の妥協はしょうがない
  • 先生やクラスを持つ
  • 2日連続サボれないようなルールを決める
  • 競争相手を見つける
       

なんとなく、よく見かけるような自己啓発的なものですね。
参考にはなるとは思いますが。

それでは、仏教的な面で見てみたいと思います。

参考記事:http://d.hatena.ne.jp/ajita/20061125

  • 正しく生きること、人格向上を本職で本当の目的であると理解しておけば、他の目的は副業で「達すれば悪くない」程度のことになります。 
  • どのようにでも、こころは伸びるものだと理解してください。 
  • 堕落すれば極悪人にもなるし、成長すれば解脱にも達するのです。 
  • 能力の制限は、殆ど寿命で決まるのです(死ぬまで成長できるという事)。 
  • 寿命は短いので、人生には「目的の選択」が必要です。 
  • 「正しく生きること、人格向上」を目的に定めたならば、他の希望はきれいさっぱりカットすることです。 
  • すべての不善心所はこころを堕落する、堅くするのです。 
  • 不善心所は、痴、無慚、無愧、悼挙、欲、見(解)、慢、瞋、嫉妬、物惜しみ、後悔、惽沈、睡眠、疑の14です。 
  • これらが自分を支配しないようにと気をつけるとこころは柔軟になるのです。 
  • 善心所は25ありますが、省略いたします。 
  • 善心所の共通処を纏めると、明るさ、喜びを感じること、こころの軽さなどです。柔軟性も善心所です。 
  • 常に明るく、ポジティブで、楽しみを感じながら、生きることで人生の問題は解決します。 
  • 慈しみは生きるために強烈なパワーになります。 
  • 世間の話には乗らないことです。 
  • 普遍的にものごとを観察することです。 
  • 例えば、人が何を言ってもそれは主観的で一方的な意見に過ぎないのです。 
  • 皆、貪瞋痴に覆われているにも関わらず、世直しのことを語るのです。当てにならないのです。 
  • 一切は無常で常に変化する。止まらない。 
  • ですから、物事に固執しないこと。執着もほどほどにということです。 
  • 仏陀の教えを自分の人生論、生きる哲学にしておけば、完全に安全です。 
  • 弱い自分には仏陀の期待に十分応えることができなくても、安全は安全なのです。 
  • 俗世間では失敗することはなくなります。 
  • 怠けを砕いて精進を始めたら、「生きる力、精神力」は問題にならないのです。 
  • 火の玉に例えてください。小さな火の玉が燃えるものに出会えばいくらでも大きくなる。 
  • 人生は常に、ナンストップで精進なので、力が沸いて来ます。 
  • 歩く瞑想などで集中力を増やすことも可能です。

ちょっと分かりにくいですね。

ですが、注目する点がありました。
それは善心所というところです。
モチベーションを高めるには善心所が必要なんです。

それで心所についての書籍「心の中はどうなっているの?」からまとめてみました。

モチベーションを仏教的に高めるには、

  • 経験したことによる正しいという確信
  • 「今・ここ」に気づくこと。今この瞬間の失敗の積み重ねが大きな失敗となる
  • 人に与えようとすること。(施せば施すほど人は自由になる。自分に自信がついて、力強く歩けるようになる。それが徳というもの)
  • 嫌なことをされたり、いくら相手にひどいことをされても優しい気持ちで接すること。=人生の勝者
  • 中立的でいること。いくら善行為をしても感動や感謝を求めないこと。求めるのは普通の人。
  • 落ち着いていること。
  • 心も身体も軽く、柔軟でいること=機能的、行動的、活発な状態
  • まっすぐ決めた行動をやり遂げること。
  • 相手に譲るのではなく、自ら進んでやること。
  • 楽しんでやること。気持ちよくやること。

これで高めることは出来ます。
これがとても自分の中でマッチしたんですね。
ですが、ふと気づいたんです。

この前の仏教的な見解の部分の
「寿命は短いので、人生には「目的の選択」が必要です。」
というところと、気づいた部分が一致したんです。

今、基本情報技術者試験の勉強をしています。
自分にとっては、想像以上に難しいです。

それにもかかわらず、試験までの日数も残りわずかでありながら、他にもやりたいことや、やらなければいけないことが沢山出てきます。
勉強だけに専念出来ないのですね。

残り2ヶ月間、必死に勉強だけすれば確実に受かるかもしれませんが、
他の事に時間を取られると、結構厳しい状況です。

これは、まさしく寿命は短いので目的の選択が必要ということの縮図なんだと思います。

例えば、大卒の人がいるとします。(自分は大卒ではありません・・・)
ですが、高卒の人から見ればこんな見方をする人が多いのではないでしょうか。

大学に行ったって遊ぶだけだし、お金が勿体ない。
勉強なんて大して役に立たない。
早いうちに働いて社会に出たほうが経験も積めるしそっちのがいい。

たとえこれが嫉妬ではないとしたとしても、やっぱり違うんじゃないかと気づいたわけです。

どんな大学であれ、入学するために受験勉強という行為をして入学したはずです。
そして、その間は他の事を犠牲にして勉強に専念したのですね。

この受験勉強のために他の事を犠牲にしていない人たちには、そのことが分からないのです。
他の事を犠牲にしたからこそ、大卒という資格を取れたわけです。
それが役に立つか立たないかは別として、その人たちは何かを犠牲にしたのです。

別の見方をすれば、子供を育てた母親だってそうです。
他の事を犠牲にして、自分のやりたいことを犠牲にして子育てをしたのです。

この何かを犠牲にするということは、目的を選択するということです。

大きなことを成し遂げようとすれば、大きな犠牲が必要となるのです。

それが目的を達成することであり、そう簡単ではないと分かります。
ですので、紙に書いて目に付くところに貼るとか、誰かに公表するとか、ライバルを見つけるとか、そういった次元の問題ではなく、
モチベーションというものは高めるとかそういったものではなく、
人生(時間・寿命)をどれだけその目的のために使用するか、燃焼するかということなんじゃないでしょうか。

100時間あれば100時間中何時間、その目的のために費やしたか、嫌々ではなく、自ら進んで、自分のために、楽しんでやったかどうか、

いえ、楽しんでやっているかどうか、常に今ここで(現在進行形で)やっているかどうか、

それが真実なんだと思いました。

だから、誰かと比べるとか、誰かのためにとか、誰かに認めてもらいたいとか、そういったものは、不全心所なんです。

ですので上手くいかないんですよ。
ホント。

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2009年2月19日 (木)

善友の種類

善友の種類をピックアップしてみます。

  • 兄のような友
  • 双子のような友
  • 先輩のような友
  • 姉のような友

この4つの種類があるようです。

兄のような友

  1. 無気力なときに守ってくれる
  2. 無気力になったときに財産を守ってくれる
  3. 恐れおののいているときに安心させてくれる
  4. 困っているときには、自分に用があっても倍の力で助けてくれる

双子のような友

  1. 秘密を打ち明ける
  2. 秘密を漏らさずに守ってくれる(口の堅い人)
  3. 困ったときにも離れていかない
  4. 友人のために命さえも捨てる気持ちでいる

先輩のような友

  1. 悪をやめさせる
  2. 善をさせる
  3. 知らないことを教えてくれる
  4. 天に至る道を教えてくれる

姉のような友

  1. 友人の恥を決して喜ばない
  2. 友人の繁栄を喜ぶ
  3. 友人のことを悪く言ったり、非難したりするのを止めさせる
  4. 友人のことを褒めることを援護する

これらの中で、全てに当てはまるというわけでなくとも、心の中から信頼できて、どんなことがあっても見放さず、互いに相手のことを心配するような友人が善友とのことです。

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2009年2月18日 (水)

悪友を見分ける

前回は、悪友についてどんな悪友があるかをピックアップしましたが、すぐ分かるパターンと見分けにくいパターンの2つがあることが分かりました。

すぐ分かるパターンの
・賭博者
・耽溺者(異性・食べ物・飲み物などなんにでも溺れてしまう性格)
・大酒飲み
・詐欺師
・騙し屋
・粗暴

という6つなのですが、案外少なくないのではないかと思います。
こういう人たちと付き合うと、よくない影響を受けるのは確かですね。
何せ、人と関わるということは影響を受けるものです。
ですので、自分も似た境遇に向かってしまうんじゃないでしょうか。

それに、こういった悪い人たちを格好良いという風に見せかけるTV番組や映画、漫画など、そういったものって結構あります。
それで若いうちに影響を受けて、その道に進んでしまうものなのです。

そして大人になっても、そういった行為が格好良いと勘違いしたまま成長してしまい、いつまでたっても子供のまま(はたまた、もっと低い次元)の人間となってしまうんじゃないでしょうか。

なぜ、こういったメディアが持ち上げられるのか分かりませんが、子供たちがそういったものに影響を受けていることに間違いありません。
なぜか子供心にカッコイイと思ってしまうんです。

それで、いい大人になってからも、「昔は俺はこんなに悪かったんだぜ」みたいな武勇伝まで語ったりして・・・
そういった人に限って、喧嘩が強いとかそういった子供レベルの感性で、大人になってからもオラオラでいるものです。
それって、とんだ勘違いじゃないでしょうか。

それから、見分けにくいパターンの

・持ち逃げ屋
・おしゃべり屋
・おだて屋
・地獄への呼び込み屋

この4つですが、
まず、持ち逃げ屋というのは、解説を見る限り自己中心的なケチという風に捉えられました。
次に、おしゃべり屋というのは、口だけな人。
おだて屋というのは、人に合わせてばかりな人。
地獄への呼び込み屋というのは、友情は厚いが悪いことに誘う人。
そういう一見、良さそうに見えるけど実は悪友だったというか、
結局は相手のことを考えられない人のことなんだと思います。

流れに身を任せて生きていると、いつの間にかこういった悪友が周りに沢山いたりします。
気づいたころには、自分も染まっているわけですが。

大人というものを辞書で引くとこう書いてあります。

(1)十分に成長して、一人前になった人。成人。
こども
「―になる」
(2)考え方や態度が一人前であること。青少年が老成していること。
「年は若いが、なかなか―だ」「君の考えもだいぶ―になったね」
(3)元服をすませた人。成人。
「―になり給ひて後は、ありしやうに、御簾(みす)の内にも入れ給はず/源氏(桐壺)」

goo辞書より


この2番目を見ると、考え方や態度が一人前であることとあります。
考え方や態度が子供であるということは、社会から認められていないということなんです。
それって格好悪くないですか?

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2009年2月17日 (火)

ロードの記録 2・17

今月の初めはインフルエンザにかかったりして、なかなか走れませんでしたが、再開しました。

1週間単位の合計距離のグラフです。
今週は先週を抜くことを目標にしましょう・・・
先週は63kmでしたので、すぐ抜けそうですが、目の前の目標は小さめにします。

20090217

トレーニングの強度も測るために、平均速度と平均心拍数も載せておきます。

20090217b

今週はちょっと飛ばし気味ですね。

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2009年2月16日 (月)

悪友

今回は悪友について勉強したいと思います。
(4)「持ち逃げ屋」の見分け方(5)「善友かぶり」の見分け方

<悪友の見分け方>

悪友には以下のパターンがあります。
(すぐ分かるパターン)
・賭博者
・耽溺者(異性・食べ物・飲み物などなんにでも溺れてしまう性格)
・大酒飲み
・詐欺師
・騙し屋
・粗暴

(見分けがつきにくいパターン)
・持ち逃げ屋
・おしゃべり屋
・おだて屋
・地獄への呼び込み屋

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2009年2月15日 (日)

善友

自分が幸せになれるかどうかは、自分が仲良くしている社会次第ということみたいです。

今日は、善友について勉強したいと思います。
(3)善友に勝る宝なし を参考にします。

・周りの影響で自分の人格が変わる
・どのように他人と関わるかは自分の責任
・周りを変えることは出来ないが、自分の心の管理は簡単に出来る
・優れた人々と付き合うと、優れた人間になる
・人間は互いに影響しあって成長する

このように善友というのは、とても大事なものなのです。
といっても、自分の足を引っ張ろうとしないならば問題はなく、自分を成長させてくれることは出来ない人であっても、自分の成長を応援してくれるのならば、大丈夫なようです。
善友だけと付き合うというのは、そもそも無理な話で、社会環境を捨てるということになってしまうのですね。

善友なんて滅多にいないのですから、見つけたら、決して離れないように努力しないといけないのです。

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2009年2月14日 (土)

人付き合い

人とのつきあい方というのを、ここを参考に勉強してみようと思います。

人付き合いというのは、この世に生まれてから死ぬまでずっとすることになります。
ですので幸せになるには人間関係というものは無視することが出来ないのです。

(1)エゴイストは後を絶たないから要点を抜き出してみると

・人は何かの目的があって人付き合いをする、
・人間はみんなエゴイスト
・人はそれぞれ感じ方が違う(自分以外の世界は知らない)
・人は味方を作ろうとする
・コミュニケーションで気持ちが通じたと思うのは錯覚
・人間は本来、孤独
・「私が正しい」と相手に押し付けるのは大問題
・誰かの価値観に無理に合わせるのも間違い
・認識の全ては歪曲している。(顛倒)

ということになります。
これだけ読んでも理解できない場合は本文を読んでもらったほうがいいかもしれません。

こういう世界で生きているのですから、人付き合いというものはストレスも貯まるし、競争や嫉妬もあって大変苦しいものなのです。
それなら、どうやって付き合っていけばいいのか?ということになります・・・

次の(2)悪友は貧乏神にはこう書かれています。

・愚か者とは付き合わない
・友人はしっかりと選ぶべき
・自分の周りを善い人間ばかりにしておくと幸せになる

悪友とは付き合ってはいけないということです。
ここでいう友人というのは、一般的に言う友達という意味だけではなく、付き合う人みんな(家族や先生や仕事の仲間などみんな)という意味だと思います。

悪友というのは、俗世間的な悪友と仏教的な悪友の2つの意味があるようです。
俗世間的な悪友は不親切な人、自分に損を与える人、陰で悪口を言う人、足を引っ張る人、付き合いにくい人。
仏教でいう悪友は、道徳的に自分にダメージを与える人です。たとえ親切にして優しくしてくれる人であっても、道徳的に悪い方向へと誘惑するのは悪友なのです。

また、こうも書かれています。

嫌な人であっても悪友とは限らない (自分のことを叱ってくれたりする人など)

悪友をきちんと見分けるということですね。

こうやって悪友とは縁を切ったほうがいいようです。

といっても、今まで付き合っていた人々を次々と切るというわけではなく、どうしても立場上付き合わなくてはならない状態にあるのなら、
「社会的な立場では知人だが、心の善友とは違う」とわきまえること。
精神的な影響を受けないようにすること。
これが大事なようです。

もう少しこのテーマは勉強してみたいと思います。

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2009年2月13日 (金)

うらやましい

人をうらやましいと思ってしまうことがあります。
人と比べてしまうと、どうしてもよく見えてしまうんです。
隣の芝は青いというヤツです。

その相手にはその気はないのに、言われた言葉に対して妙にひっかかってしまったり、自分を卑下してしまったり、
「どうせ自分なんか」
とか、
「○○でいいですね~」
みたいに、思い込みがどんどん増大しちゃうんです。

そうなってくるともう嫉妬ですね。

その逆で、知らないうちに相手にそういったサインを送っていることもあるかもしれません。
自分の話をしているつもりが、相手を見下すようなメッセージを発してしまっていることや、自慢話になっていることなど。

行き過ぎると、相手(あるいは不特定多数の人)に対しての優越感に浸ってしまっていることだってあるかもしれません。

そういったお互いの感情が高まっていくと、どんどん差が広がっていき、終いには敵視してしまうんです。
それがライバルというものだとしても同じようなものです。
知らない間に競争が始まってしまいます。

これってなんなんでしょ。

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2009年2月12日 (木)

リラックスできる生活

リラックスできる生活って何なんでしょうか?
リラックスできる生活とは、何かにおわれることもなくゆったりとしたスローライフっていうものなんです。
田舎暮らしして、自給自足のスローライフというのはテレビ等で見たりしますが、
ほんの少し変えるだけで、ゆったりとした生活をすることが出来るんじゃないかと思ったわけです。

それはテレビの流しっぱなしを止めることです。
テレビっ子の私は、どうもテレビがついていないと寂しい感じがしてずっとつけっぱなしにする癖があります。
ですが、テレビを見るということは、テレビに集中するということになってしまい、他の事には集中出来なくなるんですよね。

最近のテレビには視聴予約という機能があります。
それで、見たい番組だけ視聴予約をしておいて、後は電源を切っておく。
そしてYouTubeの再生リストで音楽でも流しておけば、なんだかゆったりと過ごせたのです。

本当なら、音楽も何もないし~んとした空間というのが一番ゆっくり時間が流れたりするのかもしれませんが・・・

昔はテレビやラジオもない時代がありました。
そのころは、どうだったのかは知りませんが、今よりもゆったりした時間を過ごしていたんじゃないかと思います。

道元の言葉にこんな言葉があります。

春は花 夏ほととぎす 秋は月 冬雪さえてすずしかりけり

平常心を歌った和歌なのかもしれませんが、
こんな風にも捉えられるかと思います。
ゆったりして、落ち着いた生活を送ると季節を感じることが出来る。
そんな風に過ごしてみるのもいいですよ、と。

ゲームをやったり、テレビを見たりするのって楽しいですが、時間もあっという間に過ぎていきます。後で振り返ってみると、何のための時間だったんだろう?って思ったりします。
ゆったりした時間を楽しめるようになるってことは、それだけ大人になるってことなんだと思いました。


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2009年2月 5日 (木)

ububuntu8.04でcoregaの無線LAN子機 CG-WLUSB300NBKを使う

ubuntu8.04でcoregaの無線LAN子機 CG-WLUSB300NBKを使用してネットワークに接続する手順を試してみました。

結果としては、Ndiswrapperを使用することにより使えました。

手順は、以下のとおり。(メモ程度です。)

http://corega.jp/prod/wlusb300nbk/download.htm
ここから wlusb300n_101.exeをダウンロード。
ファイルを解凍し、
USBメモリ等に入れておく。

http://packages.ubuntu.com/ja/hardy/ndiswrapper-common
ここからallを選択し、適当な箇所からdebファイルをダウンロード。

USBメモリに入れておく。

ubuntu起動。

起動後、USBメモリより上でDLしたファイルをコピー。

ndiswrapperのdebファイルを開いてインストール。

[アクセサリ]-[端末]を起動。

WLUSB300Nのドライバ
corega\wlusb300n_101\Driver\CG-WLUSB300N\WinXP2Kフォルダに移動

sudo ndiswrapper -i  net8192u.inf

ndiswrapper -l

インストールされていることを確認。

ndiswrapperモジュールを機能させる設定をする。
 sudo depmod -a
 Enterを押す。

パソコンを起動するたびにndiswrapperがロード(自動で読み込まれる)されるように設定。
 sudo ndiswrapper -m
 と入力してEnter。
 ここまででドライバの設定は完了。

cd /etc/modprobe.d

vi ndiswrapper


ndiswrapperのファイルを開いて
wlan0をeth1に変更

(どうもこれはしなくても出来たみたい)

sudo modprobe ndiswrapper
と入力してEnter。
(再起動するたびにこのコマンドを実行して、キーリングの入力をしないと無線Lanが起動してくれない・・・)

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